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ウォーミングアップは子供たちに任せる!?

「子供たちに自立して行動してもらいたい」

このように思っている指導者は多いだろう。子供たちが自分たちで考え、主体的に行動することを求めている指導者はたくさんいる。これはスポーツの世界だけではなくビジネスにおいてもそうである。管理職は部下が自分の指示の元動くだけではなく、部下が自分で考え主体的に行動する姿を求めている。

ただ小学生を教えているとわかると思うが、現実と理想のギャップは意外と大きい。もちろん子供たち一人一人によって異なる部分はあるが、指導者が指示を出さないと何も出来ない子供もたくさんいる。これはある程度仕方がない部分もある。子供たちそれぞれサッカーに対するモチベーションも異なるし、家庭での教育方針なども異なる。特に小学生低学年においてそこまで求めるのは酷だろう。

しかし小学生高学年になるにつれて、子供たちが自立的に行動できるような仕掛けも必要になってくる。特に中学生になると、指導者が不足していて自分たちで何もかもやらなくてはならないようなチームに入る可能性もある。何でも指導者の指示待ちになるのではなく、自分たちで考えて行動することがどんどん求められてくる。小学生を教えている指導者も、子供たちが徐々に主体的に行動できるようになるような仕掛けを考えなくてはならない。

もちろん最初から全て自分たちでやらせようとすると失敗する。まずは簡単なことからやらせてみて、徐々にその割合を増やしていくと良い。例えば簡単なのはウォーミングアップをまずは自分たちでやらせてみることである。おそらく多くのチームは練習が始まる前にグラウンドの周りを走って、そのあとストレッチにうつるだろう。私が教えているチームではこの部分を子供たちに任せている。

子供たちに伝えていることは下記3つのみである。

①練習開始の10分前から自分たちでストレッチを始めること
②ストレッチを始める前に各自グラウンドを10周走っておくこと
③ストレッチが終わったら練習開始までリフティングをすること

基本的にこの部分に指導者が関わることはない。キャプテン/副キャプテン中心に子供たちだけでやらせている。もちろんこの部分をサボったりふざけている子がいたら後から注意するが、ストレッチ開始の指示などは指導者から出すことはない。また、練習に来る時間もそれぞれの子供たちに任せている。子供たちによってグラウンドを走る時間は異なるため、ストレッチ開始時間に間に合うようにしてくれればそれで問題ない。

これぐらいの話であれば子供たち自身で十分可能である。また、クールダウンも同じように子供たちに任せても良い。さすがに練習一つ一つを子供たちだけでやらせるのは難しいが、それ以外の部分で子供たちに任せても良い部分を探すことは難しくない。もちろん全てを指導者が管理、監視するのも一つの指導方法かもしれないが、それだけだとただの指示待ち人間が増えることになる。

子供たちは自分で考えて行動したことで失敗すると、その後自分で考えるようになる。しかし指導者から指示されたことで失敗すると、それを指導者のせいにする。どちらが将来伸びるかは明白だろう。良い上司は「部下の失敗を願っている」というが、これはまず部下に考えさせ自分たちでやらせることが前提である。そのためには上司や指導者が途中で口を出さないという我慢が必要になってくる。子供たちを教えている指導者もこれと同じではないだろうか。

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審判に文句を言うチーム、言わないチーム


チャンピオンズリーグのマンチェスターUとレアル・マドリードの第2戦ハイライトを見た。結果はご存じのとおりレアルマドリードが2-1で勝利し、2戦合計で3-2で次のステージに勝ちあがっている。しかしこの結果については多くの人が疑問を抱いていることだろう。というのも第2戦のナニの退場について様々な議論がされているからである

http://www.youtube.com/watch?v=RHBjD0rwUk4

動画を見てみればわかるが、確かにレッドカードというのは判定が厳しい。ナニからしたらボールに足を出そうとしただけでおそらく故意ではない。せめてイエローカードではないのかというのが私個人の意見でもある。この時点でマンチェスターUは1-0でリードしていたため、ナニの退場の後に2点入れられ逆転負けとなった。よって判定が試合を左右したと言われたとしても仕方がないかもしれない。

しかしサッカーというものにはミスがつきものである。これは選手や指導者だけではなく、審判も同様である。またプロ、アマチュア、大人、子供であっても関係ない。ミスのレベルには差があるかもしれないが、誰でもミスをする可能性があるという事実は変わらない。

重要なのはこのミスに対してどのように対処をするかということである。マンチェスターUはナニが退場したことによって試合に負けてしまったと思っているだろう。しかし、もし審判の判定に文句を言わずそのまま試合に集中をしていれば、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。もちろんこれは結果論にすぎないが、審判の判定に怒り狂って集中力を切らしてしまうチームは意外と多い。

実はこれは小学生年代のサッカーにも通じる話である。小学生年代のサッカーはご存じのとおり審判を他チームの指導者が行うことが多い。よって審判のレベルは正直まちまちである。ミスジャッジと思われるようなジャッジも多々ある。

ミスジャッジに対する指導者の対処はチーム、指導者によってさまざまである。怒り狂って審判に文句を言う人もいれば、直接言うのではなく大会本部に対して文句を言う人もいる。逆にジャッジはジャッジと受け止め、特に文句を言わず淡々と試合を続ける人もいる。ちなみに私の場合はできるだけ言葉に表さないようにしているが、態度に出てしまうことが多いが・・・

私含め指導者が常に頭に入れておかなければならないのは、その姿を子供たちは必ず見ているということである。審判に文句を言う指導者がいるチームは、試合中に子供たちが審判に文句を言う傾向が強い。これは指導者のことを子供たちは真似するからである。指導者が審判に文句を言っているのに、子供たちに対して「審判に文句を言うな!」いっても説得力はない。

私自身、審判に文句を言う姿をできるだけ子供たちには見せたくないと考えている。もちろん勝負にこだわる姿を見せることは重要だが、ジャッジはジャッジと受け止め次に切り替える姿を見せることは子供たちにとっても勉強になる。サッカーだけではなく人生においては理不尽に思えることがたくさんある。重要なことは起こってしまったことに対して文句を言うことではなく、次に何をするかである。

もちろん後から「あのジャッジはもしかしたらミスジャッジだったかもしれないね」と子供たちに教えることは必要だろう。ルールをしっかり覚えてもらうことも指導者の重要な役割だからである。しかし「審判も人間だからミスをする」ということをその後に付け加えるのを忘れてはならない。子供たちがミスをするのと同様に、大人もミスをする。そのミスはあらかじめ想定しておかなければならない。

審判をやっていて思うのは、本当に強いチームというのは審判に文句を言う数が少ない。というのももしミスジャッジがあったとしても、自分たちは勝てるという絶対的な自信、余裕があるからである。だからこそすぐにプレーを切り替え次の準備をする。私は審判に文句を言うチームを作るよりも、このようなチームを目指したいと考えている。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

褒めて育てるべきか、叱って育てるべきか

「「褒めて育てるべきか、叱って育てるべきか」とよく聞かれるのですが、私はそういうことはあまり意識していません。いい判断をし、いいことをやれば、「それは非常にいいんじゃありませんか」と褒めるし、ダメなら、「それはちょっとおかしいんじゃないか」と注意をします」(『プレジデント』2013.3.18号)

これは現JALを再生した稲盛和夫氏の言葉である。稲盛氏といえば京セラの創業者で、アメーバ経営で知られるビジネス界ではカリスマ的な経営者である。その稲森氏がリーダを育てるためにはどうしたら良いのかという質問に対する回答が上記である。

現在子供の育成方法、部下の育成方法については様々な情報が飛び交っている。褒めて伸ばしたほうが良い、叱って伸ばしたほうが良い、あえて挑発したほうが良い、まずは自信を持たせるのが先決だ・・・など指導する立場としてもどれを信じて良いのかわからない。そんな中でこの稲盛氏の言葉は真理を付いているのではないか。

例えば子供が何か悪さをした時を考えてみよう。育成に関する書籍には、まずは子供の意見を聞き、頭ごなしに怒るのはよくないなどと書かれている場合がある。また、叱る前に子供の良いところを見つけ、そこを褒めてから叱るようにすると良いなど書かれていることもある。できるだけ子供を萎縮させないようにするのが狙いだと思うが、叱る方もいろいろ気を使う必要があるらしい。

しかし稲森氏が主張しているのは、悪いことをしたら叱る、良いことをしたら褒める、それで良いではないかということである。悪いことをしたのにあえて別の場所を褒める必要はないし、良いことをしたのにあえて叱る必要もない。ただただある事実に対して指導者として正直に接する方が子供にとっても良いということである。

確かにそうである。子供の立場からしてみたら、何が良いことで何が悪いことなのかを学ぶことが先決である。その中で、悪いことをしたのに褒められたり、良いことをしたのに叱られたりしては意味がわからなくなる。あえて叱る、あえて褒めるということをされるのは逆に子供からしたら迷惑だろう。

その代わりに稲森氏は褒めるときは表情を崩して褒めるし、叱るときは真っ赤な顔で厳しく叱る。「あえて~」ということをしなからこそ、心の中から褒めたり叱ったりすることができる。

「上に立つ者は部下たちの幸せを常に心に留めて叱らなければいけない。部下の成長を願い、愛情を持って指導する。「愛情を持って」と表現しましたが、これは単に子供を溺愛するような愛情を指しているのではありません。やさしさと厳しさ、この両面が必要なのです」(同書)

指導者は子供がどうやったら幸せになるのか、どうやったらサッカーを楽しんでくれるのかということを第一優先に考える必要がある。そのためには褒める、叱るということの両方が必要であり、それを指導者としてどのポイントで使うのかということが重要になる。「あえて~」ということをせずに、ただただ正直に部下に対して接するという稲盛氏の指導方法は、サッカーの指導者にも参考になるのではないだろうか。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

言葉の暴力も体罰の一つである


ニュースで体罰問題が報じられてしばらくたつ。いろいろな立場から体罰についての意見が述べられており、最近ではサッカー日本代表監督ザッケローニもインタビューされていた。もちろん誰もが体罰は悪いものだとは思っているが、どこからが体罰なのかというのが人によって違うのだろう。その人によって体罰についての考え方が違う。

今回の問題はオリンピックで絶対に勝たなければならないというプレッシャーが背景にあったらしい。もちろん真偽はわからないが、そのプレッシャーから体罰に至るというのは分からなくもない。国内全体からの期待を受け、しかも結果を求められている監督が受けるプレッシャーは想像を超える。だからといって選手に手を挙げてよいというわけではないのだが。

私も一指導者としてこのような問題については真剣に考えなければならない。今回は柔道界で体罰問題が起こったが、サッカー界においてもこのような問題がないとも限らない。また、体罰にもいろいろあるだろう。実際に手を上げるのを体罰だと思う人もいれば、言葉の暴力を体罰だと思う人もいる。セクハラと同じように被害者が体罰だと思えばそれは体罰になるのである。

おそらく多くの指導者は「自分は体罰などしていない」というだろう。そしてそれは往々にして事実だと思う。私自身が小学生年代を教えているというのもあるかもしれないが、実際に体罰で手を上げる指導者は他チーム含めて見たことがない。

しかし私は手を上げることのみが体罰にあたるのではないと思っている。というのは、言葉の暴力というものも体罰にあたると考えるからである。正直言ってサッカー界にもまだこのような問題は残っている。子供たちに対して厳しい言葉を発する指導者はまだまだたくさんいる。もちろんそれが効果的な場合もあるし、教育的な面で必要な場合もある。しかしそれがエスカレーションしすぎるとそれは体罰にあたる。

小学生年代のサッカーとはいえ、指導者は結果を求められる部分もある。もちろんサッカーは勝敗を争うゲームなので、勝ちを目指すことは当たり前である。子供たちも勝ちたいと思っているし、指導者も勝ちたいと思っている。もっと言えば子供たちの親も勝ちたいと思っているのである。しかし勝ちを目指すがあまり、子供たちがサッカーをやる本来の目的を大人が忘れてしまう。

子供たちは楽しむためにサッカーをしたいと思っている。これは子供だけではないと思うが、楽しくないことをやるために時間を投資する意味は全くない。サッカーが楽しいからこそ練習をし、練習をするからこそサッカーがうまくなる。サッカーがうまくなるからますますサッカーが楽しくなる。子供たちはこのサイクルを求めているのである。しかし言葉の暴力はこのサイクルを簡単に破壊してしまう。

指導者が意識しなければならないのは、いくら結果を求められていようが、いくら自分にプレッシャーがかかっていようが、それを選手に向けてはいけないということである。全ての責任は指導者にあり、選手には責任はない。そのようなスタンスで指導を行わなければならない。いくら親からプレッシャーがかかっていようが、他のコーチから結果を求められていようが、それを自分の中で留めるのが指導者としての責任である。それを選手に向けてしまったのが今回の柔道の問題である。

今回の体罰問題は私含めていろいろな指導者に影響を与えただろう。やはり一番大事なのは子供たちが楽しくサッカーができる環境を指導者が用意すること、それだけは忘れてはならないのだと思う。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

レギュラー組サブ組に分けることはよいことなのか?


現在あなたが指導している学年の人数は現在何人ぐらいだろうか?もし15人以内ぐらいであればこれから書くことは関係ないかもしれない。しかしそれ以上になってくると、おそらく多くの指導者は同じ悩みを持っているのではないだろうか。

それはチーム分けの問題である。特に1つの学年が20人以上の学年は、試合もしくは練習においてどのようにチーム分けをするのかという問題が出てくる。というのもサッカーの試合というのはスタメンが11人もしくは8人というのが決まっているからである。つまり逆に言えばそれ以外の人は試合に出られない可能性があるということである。

では仮に20人のチームがあったとしよう。次の公式試合は8人制である。大会側には事前に2チーム申請していたため、10人ずつのチームを2つ作れるとする。ではあなたはこの10人をどのようにチーム分けするだろうか?

おそらく多くのチームはAチームBチームのようにチームを分ける。そしてAチームをレギュラー組、Bチームをサブ組のような分け方をするだろう(ネーミングはチームによって異なる)。これはスポーツの世界では仕方がないことである。子供たちの実力はそれぞれ違っていて、指導者がメンバーを決めざるを得ない状況である。競争社会においてこのような分け方をしなければならないこともあるということを理解してもらう必要がある。

もしくはAチームBチームをある程度同じレベルに分けることもある。というのもレギュラー組、サブ組のような分け方をすると、サブ組が公式試合で勝てる可能性がかなり低くなってしまうからである。もちろん試合というのは勝敗だけが重要なわけではない。普段サブ組の子供にとっては公式試合に出られるだけでもうれしいだろう。しかし試合にぼろ負けしてしまうのもそれはそれでつまらないと感じる子供もいるかもしれない。

子供たちのことを第一優先で考えても、どちらが良いなどと断言できる人はなかなかいないだろう。高校サッカーのように本気で勝敗を考える場合であれば、レギュラー組サブ組に分けることは当たり前なのかもしれない。しかし小学生年代においてそこまで明確に分ける必要があるのかどうかは私もわからない。

またこれは試合だけではなく練習時にどのように分けるのかという問題にも発展する。試合でレギュラー組サブ組に分けるのであれば、練習もそのように分けたほうがよいと考える人もいる。しかし練習であればチーム全員とサッカーができるほうが良いと考え、練習では2つに分けずに一緒にやるという考えもある。これはこれで正解がない。

ただ、指導者が常に忘れてはならないのはあくまでも「Players First」ということである。指導者は子供たちがどうやったらサッカーを楽しむことができるのかを忘れてはならない。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

毎試合、ベストだと思う選手を出場させた結果、全員が出てしまったということです。

「毎試合、ベストだと思う選手を出場させた結果、全員が出てしまったということです。フレッシュな選手を出したほうがパフォーマンスは高いわけですし、中1日で試合をするという非日常の大会で質を下げずに良いゲームをして結果を残すには総合力=23人全員で戦うしかない。逆にいうと、日本全体のレベルはそれだけ上がってきているということです。フィールドプレーヤーで94ジャパンのときは全試合に先発した選手が1人いましたが、96ジャパンではゼロ。スタメンで出ていない選手もゼロです。結局は、誰を使っても全体のレベルは変わりません。そのベースアップが出来ているのは日本の強み。全員を出したからこそ、結果が出たということなのです。育成年代なので、そういうやり方のほうが良いと思いますし、各チームや選手への働き掛けなど、日本サッカーを取り巻く環境が勝因だと思っています」吉武博文(U16-日本代表監督)(Technical news Val52)

これは先日AFC U16選手権イラン2012のグループステージ3戦で、GK1人を除く全員が出場した流れについて、監督の吉武氏がコメントした内容である。結局Uー16はアジアで準優勝という結果を残した。その要因がこのコメントの内容にあるのかどうかはわからないが、育成年代の指導者にとっては興味深い内容だろう。

単純に考えてこのような選択を下せる指導者はサッカー界、いやスポーツ界にどれだけいるだろうか。一般的にスポーツチームというものはレギュラーとサブに分かれてしまうことが多い。スタメンで出場できる人数には制限があるため、これは仕方がないことだろう。しかしこのU-16日本代表はそういうわけ方ではなく、全員がスタメンで全員がサブであった。

たとえ育成年代の試合といえどもこれは国際試合であり、結果が求められる試合である。その中でGKを除く全員を試合に出し、そして準優勝を果たしたというのは素晴らしい業績である。指導者の方は理解できると思うが、この決断はかなりの勇気がいる。もちろん中1日という強行日程というのもあるが、それでもある程度メンバーが固まってしまうのが通常だろう。

実はこのようなメンバー選考をしているチームがもう1チームある。それがプレミアリーグの名門マンチェスターUである。マンチェスターUの監督サー・アレックス・ファーガソンは選手をターンオーバー制で使うことで有名である。しかも聞いた話によると2試合連続で同じスタメンで戦ったことはないとの事である。リーグ戦、カップ戦、チャンピオンズリーグなどこちらも強硬日程というのもあるが、これもなかなか出来ることではない。

メディアでは香川がスタメンになれるのか、また2試合続けてスタメンなどといった議論があるが、これはあまり意味はない。なぜならファーガソンは調子が良くても悪くてもターンオーバー制を基本としているからである。もちろん1試合ごとに見ればスタメン、サブは分かれているが、長いリーグ戦で見ると、マンチェスターUのメンバーは全員がスタメンで全員がサブなのである。

私が考えるに育成年代の指導者はこの状態を理想とするべきだろう。もちろん目の前の勝負にこだわる必要があるのは理解できる。しかしいつも同じメンバーがスタメンで出ていて、流動性のないチームになると、チーム内での競争意識もなくなってしまう。短期的には結果が出るかもしれないが、長期的に見ると途中で息切れする。これはリーグ終盤に強いマンチェスターUの結果を見ればわかる。

そのためにはメンバー一人ひとりの実力を上げる必要がある。特に個人技術、個人戦術の部分を高めていかなければ、全員出られるけど弱いチームになってしまう(これは社会主義の衰退と同じイメージである)。いかに個人のレベルを上げられるか、いかに競争意識を持たせることができるか、これは育成年代の指導者に求められる部分だろう。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

指導者もたまには子供の立場に戻らなければならない

「なんで子供たちはあんな動きしかできないのか?」
「なんで子供たちはコーチが言っていることが理解できないのか?」
「なんで子供たちはゴール前で焦るのか?」
「なんで・・・?」

このようなことを長年指導者をしていると多々思うことだろう。練習中はもちろん試合中も、指導者が子供たちの動きにイライラする場面は正直ある。もちろんそれを声に出す出さないは別にして、子供たちの動きは指導者の思い通りにならないことが多い。

特に小学生年代においては技術的にも戦術的にもまだ未熟で、指導者とのレベルの違いはかなり大きい。もちろん中学生、高校生になるにつれて成長していくのが子供なので、これは当たり前といえば当たり前のことである。というよりもそこをいかに埋めていくかが指導者の腕の見せ所だからである。

しかし指導者を長年続けていると、そのことを忘れてしまうときもある。簡単に言うと、自分が高校生、大学生だった時のことを基準に子供たちを指導してしまうのである。そのレベルを基準にしてしまうと、小学生に対して上記のような感想が出てくる(当たり前である)。しかも自分は普段プレーしないことが多いので、自分の過去のことは過大評価しているときもある(つまり高校生の時にも自分ではできなかったのに、指導者になったとたんあたかもできていたかのように過去を振り返るようになる)。

もちろん子供たちに高いレベルを求め続けるのは良いことであり、指導者が上を目指さなければ子供たちも上を目指すことはない。「リーダーの仕事は命令することではなくガイドすることだ」という言葉があるが、まさにそのとおりである。目指す場所、ビジョンを決定してそこにいかに子供たちを導いていけるかがとても大事である。

しかし「自分は過去にできたから子供たちもできるだろう」という風に判断するのは早急である。もし「自分が小学生の時にできていたから、今の小学生もできるだろう」であればよいかもしれないが、「自分が(高校生の時に)できていたから今の小学生もできるだろう」はちょっと話が違ってくる。あくまでも今の子供たちに会ったレベル、指導方法というものを考えなければならない。

もしイメージがわかないのであればとても簡単な方法がある。それはたまには子供たちと一緒にサッカーをするということである。一般的に指導者は子供たちの試合を外から指導したり、中で審判をするということが多いと思うが、たまには一緒にチームに交じってサッカーをすればよい。そうすると自分がいかに衰えているかがわかるだろう。そして子供たちに偉そうに言っていたことが、自分もできなくなっていることが理解できると思う。

指導者はそこでやっとスタートラインに立てる。子供たちができなかったこと、そして自分がいざやってみたらいつの間にかできなくなっていたこと、それをどうやって指導していくかが次の課題になる。もし記憶が良いのであれば、自分はどうやったらそのプレーをできるようになったのかを思い出せばよい。それを子供たちに教えることができれば、理論だけではなく実践の伴った指導ができるようになる。

私のチームでは年に1度親御さん、コーチ、子供たちが混じったサッカー大会がある。毎年やっているので自分がいかに衰えてきたことが良くわかるのだが、そのたびに子供たちに普段言っていることがどれだけ子供たちにとって難しいことなのかがわかる。しかし幸運なことに、「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にし、紳士を子供にする」という言葉があるように、サッカーをしていればいつでも子供の立場に戻ることができる。そうすることでまた違った視点からサッカーの指導を見ることができるだろう。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にし、そして紳士を子供にする


映画『宇宙兄弟』を見た。


なんでサッカーのブログなのに映画の話から始めるのかというと、それだけ良い映画だったからに他ならない。簡単に言うと感動したのである。2人の兄弟がともに宇宙に行く夢をあきらめないそのストーリーが心に残った。


ストーリーとしては、子供のころに一緒に宇宙に行くという約束をした兄弟が、その夢をかなえるまでの軌跡という単純なものである。先に弟がその夢をかなえ、普通のサラリーマンをしていた兄が後から弟を追いかける。兄の複雑な心境、そして兄弟愛が上手く描かれていて、特に兄弟がいる人にとっては自分の身に重ね合わせて観る事ができるだろう。


このブログを読んでいる人は子供のころからサッカーをしていた人が多いと思う。そして子供の時にはプロになることを目指して、毎日一生懸命練習していたことだろう。しかし途中でいろいろなことに気がつく。サッカーのプロ選手になるためには才能が必要で、相当厳しい競争を潜り抜けなければならないということを。そして環境や運というものもものすごく大事だということも。


振り返ってみると私自身もそうである。子供のころはヴェルディのファンで、プロになったらヴェルディに入って活躍することを夢見ていた。ヴェルディがJ2に落ちたときには、自分が加入してJ1にあげてやると思ったこともある。そして当時のスペインリーグを見ながら、ジダンやラウルのプレーを研究し、毎日夜遅くまでボールを蹴っていた。


しかし途中で自分の力のなさに気がつくことになる。プロになる選手はまず才能を持っていて、しかも自分以上に努力をしている。また環境や運というものも彼らの味方をしている。そしてある時期からプロになるという夢を口に出すことが恥ずかしくなり、いつの間にかあきらめてしまった。


我々サッカーのコーチをしている人間は、子供たちはそれぞれ夢を持っているということを忘れてはならない。最近の子供は口に出すことが少ないが、プロサッカー選手になりたいと思っている子は意外と多い。そしてその多くの子供がワールドカップやチャンピオンズリーグで活躍することを夢見ている。


特に小学生年代の子供たちは、まだ社会のことが良くわかっておらず、単純かつ純粋にプロサッカー選手になりたいという気持ちでサッカーをしている。プロになることがどれだけ大変なのか、そしてなった後のほうがより大変なのかということを理解していないからである。


しかし時にそんな無邪気な子供たちの夢に大人はたびたび心を動かされることになる。「自分も昔は夢を持っていたんだ、、、」「そして今の自分の夢は何だろう、、、」と。『宇宙兄弟』を見ていたときにもまさに同じような感情が心に浮かんだ。


また、それと同時にサッカーの偉大さというものも心に浮かんだ。『宇宙兄弟』においては、もう中年を迎えた大人がまるで子供に戻ったかのように宇宙について語りだすシーンがある。これは子供のころに「宇宙に行きたい!」という夢を持っていたからこそ、またそれをあきらめなかったからこそだろう。


サッカー界には有名な言葉がある。日本サッカーの父ともいえるデットマー・クラマー氏の言葉である。


「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にする」


しかし私がC級ライセンスを取得したときの最終日に、インストラクターの方は次のように言っていた。


「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にし、そして紳士を子供にする」


『宇宙兄弟』を見終わったときにまさにこの言葉が頭に浮かんだ。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

サッカーにおいても宿題を出す


宿題。


あなたはこの言葉を聞いてどんなことをイメージするだろうか?おそらく多くの人にとってこの言葉は嫌なものを連想させるとおもう。学校の宿題、塾の宿題、大学のレポート、、、いろいろなものが思い起こされるだろう。


ではあなたはサッカーで宿題を出されたことはあるだろうか?おそらくないと思う(私自身もない)。可能性があるとしてもサッカーノートを試合後、もしくは練習後に書いてくるというような宿題だと思う。


しかしサッカーが上手くなるためには、自分自身で努力することが一番大事である。プロになるような選手は必ず影で努力をしているし、サッカーに限らずどんな職種、ジャンルにおいても成功する人は必ず自分自身で努力をしている。


それだったらサッカーにおいても宿題を出して、影で努力をする習慣をつけさせればよい。おそらく子供は口で「練習しろ」と言ってもなかなか練習しない。ごくまれに自分で計画を立てて自主練する子がいるが、大部分の子はいわれたことしかやらないのである。それだったらこちらから宿題という形で課題を出せばよいのではないだろうか。


例えば私の教えているチームでは今週次のような宿題を出した。


・1週間で合計5000回リフティング(左右それぞれ2500回ずつ)


これを多いと見るか少ないと見るかはその子によるだろう。普段からリフティングの練習をしている子にとっては1週間あれば簡単に達成できると思う。しかし普段何もしていない子にとっては多いと感じるかもしれない。


とはいえ、私自身もこの宿題を全ての子が達成できるとは思っていない。しかしこの宿題を出すことによって、自分で時間を作ってボールを触る機会が少しでも多くなればよいと思っている。一人でボールを持って外に行った子が、一回もボールを蹴らずに家に帰ってくることはない。もちろん理想としては、この宿題を楽々こなし、自分自身で課題を見つけて取り組んでくれることを期待しているのだが。


特に小学生チームの練習時間は、土日の週1回もしくは2回というチームが多いと思う。正直言ってそれだけの練習時間で子供を上手にさせようと思うのは無理がある。しかしそれ以外の時間を普段仕事をしているボランティアコーチが取ることは出来ない。だとすれば毎週宿題を出して、子供たち自身で取り組んでもらうしか方法はない。


しかもこれはサッカーだけに役立つというわけではない。幼少期から影で努力をする習慣をつけさせれば、大人になったときにどのジャンルにおいても影で努力をするようになる。また、スキマ時間を上手く使って目標を達成する習慣もつくだろう。


さっそく練習前に宿題を出したところ、練習のスキマ時間にリフティングに取り組んでくれる子も出てきた。学校の宿題というとネガティブなイメージがあるが、自分が好きなサッカーの宿題であれば子供たちも積極的に取り組むのである。

教えないことこそがコーチング2


先日は「教えないことこそがコーチング」という元中日ドラゴンズ監督の落合氏の方法を紹介した。中日ドラゴンズではコーチが自分から何かを教えたりすることはせずに、あくまでも選手から聞きにきたときのみ教えるというのである。


前回この方法は小学生には少し難しいかもしれないと書いた。なぜならコーチから何もアプローチしないと、子供たちのモチベーションが下がってしまう可能性もあるからである。プロ選手であれば自分の成績が生活に直結しているので、常にモチベーションが高いことが求められる。しかし小学生の子供たちの場合は必ずしもそうではない。


しかし小学生年代から自分で積極的に学ぼうという気持ちを持たせることはとても大事である。今の小学生は教えられることに慣れすぎている。積み込み教育の弊害なのか、何もしなくても先生や親がいろいろ教えてくれる。しかしこれに慣れすぎると自分では何も行動しない指示待ち人間が育つことになる。


とはいえ小学生の子供たちが自分からコーチ陣に何かを質問しにいくのは少しハードルが高い。中学生になればそのような子供たちも出てくるかもしれないが、私が教えている限り小学生の子供たちのほうからプレーについての質問をしてくることは少ない。


そこで私のチームではサッカーノートに「コーチへの質問」という欄を作った。サッカーノートに子供たちがわからないことを書いてもらうのである。こうすることでコーチに質問をするというハードルを少し下げることが出来る。


実際やってみると面白い質問がいろいろ出てくる。「ボールを遠くに飛ばすためにはどうしたらよいですか?」や「シュートが上手くなるためにはどのような練習をすればよいですか?」などといった質問が出てくるのである。もしサッカーノートにこの欄がなければ決して出てこない質問である。


もしかしたら子供たちもいろいろ質問したいことを持っているのかもしれない。しかし大人に聞きに行くのは少しハードルが高いと思ってなかなか聞きにいけないのかもしれない。そういう場合にサッカーノートというのはとても役に立つ。


本来であれば子供たちが自分からいろいろ質問しに来るのが理想である。しかしそこまで到達するためには少し距離がある。その距離を埋めるために少し階段を用意してあげるのもコーチの仕事なのではないだろうか。


テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

教えないことこそがコーチング


中日ドラゴンズの落合監督が今年で辞めるようである。セリーグで優勝して日本シリーズに進出したにも関わらず辞任というのはもったいないような気がするが、ガンバの西野監督と同じように、いずれはこのようなタイミングが来るのが監督の宿命である。


落合監督は野球の監督だが、指導やコーチングという面で参考になる部分が多い。落合監督の指導で有名なのは、監督/コーチが選手に指導をすることをやめたということである。


このように書くと語弊があるかもしれないが、中日ドラゴンズでは基本的に監督、コーチが選手に自分から指導することはない。もちろん選手が自分からプレーについて聞きにきたときには真摯に答えるが、それ以外は選手を見ているだけである。


一般的に、指導熱心なコーチは選手に自分から声をかけてプレーについてのアドバイスをする人だと考えられている。しかし実際に選手の立場から考えると、必ずしもそのようなコーチが良いわけではない。いちいち自分のプレーに関渉してくるのが面倒くさいと思う選手もいるのである。


おそらく落合監督に言い分はこうである。


プロ野球になるくらいの選手であればある程度自分の感覚というものを持っている。それを監督/コーチに指摘されてしまうと、自分の感覚、フォームというものを崩してしまう可能性がある。よってその部分は自分で考えて努力するべきである。また、本当に上手くなりたいと思っている選手であれば、必要なときに自分から指導を請うはずである。よってあえて監督/コーチから声をかける必要はない。


おそらく野球とサッカーでは少し違う部分もあるかもしれないが、コーチングというものは本来そういうものである。基本は選手自らが考えてプレー、練習をする。そして本当に必要なときだけアドバイスをする。これが選手を伸ばす秘訣である。


私もたまにこれと同じようなことをする。試合中に調子が悪い子供がいて選手交代をしたときに、あえてその子供には交代した理由を話さない。そしてなぜ自分が交代させられたのかを考えさせるのである。交代させた理由をいちいち説明していると、子供たちがその説明を待つようになる。そして最終的にはコーチの言ったことだけを聞いていて何も考えない選手になってしまう。


とはいえ小学生年代の子供たちに落合監督のような指導をすると、子供たちのモチベーションがあがらない可能性もある(無視されていると感じてしまう可能性もあるため)。その辺のバランスが難しいところである。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

サブの子供たちは試合中に何しているか?


あなたのチームではサブの子供たちは試合中に何をしているだろうか?


多くのチームでは自分たちのチームの試合を見るように指導していると思う。自分たちの仲間が試合をしているのだからそれを真剣に見て応援するのが当たり前である。しかし子供たちは本当に集中して試合を見ているだろうか?


多くの指導者は以下のようなことを子供たちに言って試合を見せていると思う。


・試合を見て自分が試合に出たときのイメージを作りなさい
・味方を応援しなさい
・相手チームの弱点を見つけなさい
・コーチにアップしなさいといわれたらアップしなさい


私のチームでも同じようなことを子供たちに言っていた。ただしハーフタイムに子供たちで話し合わせるために、サブの子供ひとりひとりに担当を決めて、先発の子にアドバイスさせるようにしていた。


しかし後半ぐらいになってくると、子供たちの集中力も切れてきて、試合を真剣に見てない子も出てくることに気づいた。最初これは子供たちの意識の問題なのではないか、つまり試合を真剣に見ないのは意識が低いせいではないかと思っていたが、だんだんとこれは子供特有の問題ではないかと考えた。


おそらく子供たちにとって20分ハーフの試合を全て見ているというのは集中力が続かないのである。それに対してコーチが「集中して試合を見なさい」といっても仕方がないのかもしれない。そう思い出したのである。


それからは私のチームでは次のようにしている。


・前半:試合を見る(どの選手を見るか担当を決める)
・ハーフタイム:子供たちだけで話し合う
・後半:ドリブルの練習


前半までだったら子供たちが試合を見る集中力も続く。またハーフタイムに子供たち同士で話し合わせるために試合を見せることは重要である。しかし後半に関しては子供たちの集中力も続かないので、サブの子全員にドリブルの練習をさせるようにした(コーンドリブルである)。そうすることで単純にウォーミングアップにもなる。


サブの子は先発の子に比べてその日にボールに触る機会が少なくなってしまう。よって試合中にドリブルの練習をさせてボールに触る機会を多くすることは、サブの子供たちの底上げにもつながるのではないだろうか。


テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

ファーガソンの選手起用について

マンチェスターU対リバプールの試合を見た。試合は1対1の引き分けで、どちらかというとリバプールのほうが押し気味の試合だったが、リバプールホームのアンフィールドで引き分けという結果であればファーガソンとしては満足の試合だっただろう。


私が結果以上に気になったのは、マンチェスターUのスタメンである。デ・ヘア、エブラ、ファーディナンド、エバンス、スモーリング、フレッチャー、Fジョーンズ、パクチソン、Aヤング、ギグス、ウェルベックとなっている。注目すべきは、サブにアンデルソン、キャリック、ナニ、エルナンデス、バレンシア、そしてルーニーがいることである。


どちらがレギュラーなのかがわからない豪華なメンバー選考だが、ファーガソンの上手なところはこの選手起用である。相手の力、ホーム・アウエー、天候、順位などによってメンバーをころころ変えてくる。聞いた話のよると、ファーガソンは2試合続けて同じスタメンで戦ったことがない。


おそらくファーガソンの中にはレギュラーという枠組みがないのだろう。試合によってそのときに最適なメンバーを選択する。場合によっては最適ではないにしても、それでも勝てるようなメンバーを選択する。多くの選手を交代で使うことによって、チーム内に競争意識を促し、選手のコンディションも配慮したメンバー選考をしているのである。


またポジションについてもいろろなポジションで使えるよう選手を試している。今回であればFジョーンズは本来センターバックの選手だが、この試合ではボランチで使われている。またルーニーも途中から出てきてセンターハーフで使われている。マンチェスターUで起用される選手は複数のポジションが出来るように訓練されているのである。


選手としてはこんなにやりがいのあるクラブはない。普通強豪チームになるとCLなどにも出なくてはならないため、レギュラー組はコンディション調整で苦労する。またサブ組選手からしたらなかなか試合に出られなくて不満がたまる。しかしマンチェスターUにいれば、レギュラー組の選手はちゃんと休ませてくれるし、サブ組の選手はしっかりと試合に使ってもらえる。


もちろんマンチェスターUの選手のレベルが高いという理由もある。サブ組とはいっても全ての選手がどこかの国の代表選手である。誰が出てもしっかりとしたパフォーマンスが出来るのは当たり前かもしれない。しかしだからといってファーガソンのように多くの選手をしっかり出してあげる監督は少ない。ターンオーバー製を敷いているといっている監督も、主要メンバーは常に出していることも多い。


この選手選考の方法はおそらく育成年代にも通用するだろう。育成年代では特にレギュラーとサブのレベルの差が多くなってしまうチームが多い。なぜならレギュラー組みの子は多く試合に出て、サブ組みの子は試合に出ることが出来ないからである。これは当たり前の話であり、そこら中のチームで良く見られる現象である。


しかしだからといってそれを続けていてはますます差が大きくなるばかりである。本来であればファーガソンのように毎試合ごとにメンバーを変更して、チーム内に競争意識を出させるべきである。またいろいろなポジションで使ってみて、プレーの幅を広げさせるべきである。ファーガソンはもともとマンチェスターUの育成コーチだが、この辺のキャリアもメンバー選考に影響しているのではないだろか。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

怪我をした子供への対処法


サッカーをしている子供たちにとって一番かわいそうなのは怪我をすることである。サッカーは運動量も多く、ボディコンタクトの多いスポーツなので怪我をすることはある程度仕方がない。またサッカー以外にも学校で怪我をしたり、成長痛になったりすることもある。


私自身、怪我をしている子は無理をさせないようにしている。子供たちは「試合に出たい!」という風にいうときもあるが、お医者さんや保護者の方が言っていることを優先している。また試合中に調子が悪そうな子がいたら、すぐに交代させることが多い。


やはり小学生年代において一番大切なのは育成である。小学生年代でピークを迎えさせるのではなく、中学高校大学に向けてよい準備をさせることが大切である。もし小学生年代で無理をしてしまい、その後のサッカー人生に影響を与えてしまっては全く意味がない。


ただチームの中心選手が怪我をしてしまうと、コーチとしては無理させてでも試合に出したいという気持ちも出てくる。しかしそこはコーチが我慢すべきである。チームには他の子供たちもいる。怪我をしている子供を無理やり試合に出すのではなく、普段レギュラーではない子を試合に出すことで、チーム全体の能力を上げることに意識を切り替えるべきだろう。


そもそも論になるが、そういう時のためにも、普段からレギュラーの子供たちだけではなく、サブ組の子も試合に出しておくことが必要である。子供たちは何が起きるかわからない。毎週末必ず試合に来れるわけではなく、また試合当日に調子が悪くなる子もある。そのときのためにも普段から多くの子供たちを試合に出しておくべきなのだ。


ちなみに怪我をしている子供とのコミュニケーションは密に取っておくべきである。現在どのような状況なのか、お医者さんからは何と言われているのか、どれくらいで治りそうなのかなどは常に把握しておく。モチベーションが下がらないためにも、怪我をしていてもできること(逆足でのドリブル、ビデオや本で学ぶことなど)を伝えておく。また、サッカーノートを書いている人は、そこでもコミュニケーションを取ることができる。


一番大事なのは子供たちに無理をさせないこと。それだけは頭の中に入れておいて、怪我をした子が出たとしてもチーム力が落ちないように、チーム作りを進めることがコーチに求められると思う。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

サッカーノートの必要性


サッカーノート。
学生のときに書いた人も多いのではないだろうか。私自身、高校生になってからサッカーノートを書き始めた。内容は毎日の練習メニューとそのポイント、そして何を意識して練習すべきなのかを書いていた気がする。実際サッカーノートを書いたことによって、現在の指導に生かされている部分は多々ある。



私が教えている小学生のチームでもサッカーノートを書かせている。とはいえ毎週の練習のたびに書かせるのは大変なので、試合後のみに書かせて次の週に持ってこさせている。書く内容はその子供によって違うが、試合の良かったこと、悪かったこと、自分のプレーの良かったこと、悪かったことなどを書いてくる子が多い。



正直なところ、始めのうちは小学生のノートの内容にはあまり期待していなかった。誤字脱字も多そうだし(実際多いが)、そもそも文章がよくわからないのかと思っていた。しかし内容を読んでみると意外と良いことを書いている子も多い。試合の内容をしっかりと分析している子もいるし、実際のプレーを図に書いてくれる子もいる。また、一番良いのはプレーについての質問が書かれてることである。



小学生がコーチにプレーについての質問をするのはなかなか難しい。指導者からプレーについて指摘されて、それについて修正することは出来るかもしれない。しかし自分が足りないと感じたことを自分から進んでコーチに質問してくる子はなかなかいない。実際私が選手のときにもそのようなことをしていた記憶はない。



しかしサッカーノートを書かせ始めると、意外と自分のプレーについての質問を書いてくれる子が多かった。例えば「どうやったら1対1に強くなりますか?」とか「このような場合どのポジションにいればよいですか?」、「自分に一番合ったポジションはどこですか?」などといった質問があった。このような質問をしてくれる子は、将来必ず上手になると思う。



実際のところサッカーノートを読んでいると、その子が将来どれくらい上手になるのかがわかる気がする。やはりしっかりとサッカーについて考えている子は、それなりにしっかりとした内容を書いてくる。そしてその内容を読めば、その子がどれくらいしっかり考えてプレーをしていて、何を意識して試合をしているのかがわかる。



ただサッカーノートを書かせると、確実にコーチの負担は多くなる。なぜなら毎回試合が終わった翌週にサッカーノートを読んで、コメントを書かなくてはならないからである。 人数が多いチームだとそれだけでもかなり時間をとられてしまうだろう。しかしその時間が決して無駄になることはない。子供たちとよいコミュニケーションをとるためにも、サッカーノートを書かせることは効果的だと思う。

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「成功」の反対語は「失敗」ではない?


「アジアカップ初戦のヨルダン戦のキックオフ前、スタジアムに早く着きすぎたこともあって、ロッカールームで笑いながら話をする選手もいた。ザッケローニ監督は「ヨーロッパではありえない」と爆発しそうになったが、黙って耐え、そのまま選手をピッチに送り出した。結果は1対1の引き分け。最悪に近いスタートになってしまった。試合後、諭すように監督は言った。「オマエたち試合に臨む準備が本当に出来ていたか?」以降、試合前のロッカールームで笑い声が漏れることはなかった」(『Number』6/23)


これを読むだけでもザッケローニ監督がヨーロッパトップリーグを率いてきただけの実力があることがわかる。おそらく多くの監督はこのことが出来ない。試合前にロッカールームで談笑している選手がいたら、その時点で怒ってしまうからである。


しかもアジアカップ初戦の話である。アジアカップは日本代表にとっても大事な大会であり、ザッケローニの実力を日本中のサッカーファンが観察する機会である。もし負けでもしたらマスコミにたたかれ、ザッケローニへの信頼が下がっても仕方がない試合である。


それにも関わらずザッケローニはこのようなことが出来る。まさにACミランやユベントスといったビッククラブで戦ってきたメンタルの強さがにじみ出ている。セリエAのチームはファンの目が世界一厳しい。3連敗しただけで監督の首が飛ぶリーグである。そこで戦ってきた経験があるからこそ、負けるかもしれないというリスクを負いながらも、選手たちに大切なことを気づかせることが出来る。


サッカーの監督や企業のマネージャー職の人は特に覚えておかないといけないことが一つある。それは選手や部下を成長させるために一番必要なのは失敗させることであるということである。この場合がまさにそうであるように、選手たちには出来るだけ大きな失敗をさせなければならない。出来れば一生頭の片隅に残るような失敗をである。


なぜなら人間は失敗をして初めて本気になるからである。日本代表がロッカールームで笑わなくなったように、部下も失敗をして初めて意識が変わる。ヨーロッパでは優秀なディフェンダーになるためには、まず自分のミスで50失点以上しなければならないといわれている。それだけの失敗を頭に刻んでおきことによって、初めて経験豊かなディフェンダーになることが出来る。


多くの人は意識していないようだが、「成功」の反対語は「失敗」ではない。「成功」と「失敗」は同義語である。なぜなら「失敗」を何度も繰り返すことによって、最終的には「成功」するからである。後から考えたときに「あのときの失敗があったからこそ今成功できたんだ」と思えたら、その失敗は成功といってよい。


では「成功」の反対語は何かというと、「挑戦しないこと」である。挑戦をしなければ、「成功」も「失敗」も生まれない。よって監督やマネージャーは、選手や部下が失敗する機会を奪ってはいけない。場合によっては今回のザッケローニのように、あえて失敗させて選手に気づかせるという方法も必要である。もちろんリスクは自分自身でとる必要があるが、それが出来てこそ本当に優秀な監督・マネージャーになることが出来るのである。

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あなたは子供たちの意見を聞いているか?

あなたが教えているチームでは子供たちが自分の意見を言う機会があるだろうか?


おそらく多くのチームにはその機会がない。子供たちの意見を聞くよりもまずコーチが意見を言って、それに子供たちを従わせることのほうが先に来るからである。もちろんそれが悪いわけではない。コーチの言ったことをしっかりと実行することもサッカーにおいては重要である。特に最初の段階では知識を詰め込まなければ、アイディアなども出てこない。


しかしある程度のサッカー経験がある子であれば、それなりに自分の意見を持っているものである。それをコーチが聞かないのはすごくもったいない。私の経験上、コーチが思っていたよりも良い意見を子供たちが持っていることもある。またコーチが気がつかないことを意外と子供たちは気が付いているものである。


しかしコーチが子供たちの意見を待っていても、それが出てくることはない。そうではなくて、コーチが子供たちが意見を言う場を用意しなければならない。特に最近の子供たちはシャイなので、そのような場を作らない限りには一生意見は出てこないだろう。


私の場合は2,3カ月に一度子供たちと個人面談を行っているため、その時に子供たちの意見を聞くことが多い。しかしそれ以外にも子供たちの意見を聞く場を用意している。例えば試合のハーフタイムのときには、サブの子が意見を言う場を作っている。試合が始まる前、サブでベンチに座っている子一人一人に、スタメンで出ている子を観察する係を作る。そしてハーフタイムには自分が担当している子に、前半で良かった所、悪かった所などをアドバイスさせている。そうすることで途中から試合に出た際のイメージトレーニングにもなる。また試合に負けた時などは、同じポジションの子3,4人グループで5分間のミーティングを行わせる。そして5分後にコーチに対してそれぞれの意見を発表してもらう。それだけでも結構良い意見が出てくることが多い。


このようにコーチは意図的に子供たちが意見を言う場を作らなければならない。「いつでもコーチに意見を言ってきなさい」と子供たちに言っても、実際に意見を言ってくる子どもたちは少ない。あなたが上司に意見を言うことがなかなか出来ないのと同じように、子供たちが大人に意見を言うことは難しいのである。


もちろん子どもたちの意見が間違っていると思うこともある。もちろん本当に間違っているのであれば、あとから修正すればよい。しかし実際に行ってみると、そんなに大きく間違っていないと思うことの方が多いと思う。ちょっとした工夫で子供たちの意見を聞くことはできるので、是非試してみてほしい。

テーマ : サッカー
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8人制の弊害


今年からU-12も8人制サッカーになる。今までは3,4年生までは8人制、5,6年生からは11人制という決まりだったが、今後は日本サッカー協会のほうで8人制を推奨していくらしい。


8人制になると何が変わるのか?
以下にメリット・デメリットを書いてみることにする。


■メリット
・一人ひとりがボールに触る回数が増える
・一人ひとりの運動量が増える
・攻守の切り替えが早くなる
・ゴール前の攻防が多くなる
・シュートの数が多くなる
・GKもフィールドに参加する必要がある


■デメリット
・8人制の戦術が良くわからない
・個人の能力が勝敗を決定する
・選手を集めているクラブチームなどには勝つのが難しくなる
・単純に3人出れない選手が出る



私自身は8人制でも11人制でもどちらでも良いと考えている。今まで11人制でやっていたため少し違和感があるが、もともと練習の最後のゲームでは8人制でやっていた。ただ公式戦が8人制になることによって一番問題なのは、単純に試合に出れる選手が3人減るということである。


もともと日本サッカー協会では8人制にするにあたって、選手の出場形式のガイドラインを決めていた気がする。確か前半後半という形式ではなく、○分×3本のような形式で全員が試合に出れるような形をモデルとしていた。しかしそれが現場に落ちてきているとは思えない。おそらくこのままでは今までと同じような試合形式で、単純に3人が出場できないことになるだろう。


これでは本末転倒である。8人制にして一人ひとりがボールを触る回数を増やすというのが目的なのに、出場できない3人はそもそもボールに触ることが出来ない。このままでは単純にグラウンドの外で見学する人数が増えるだけである。これでは8人制にする弊害のほうが多い気がする。


もしくは1チームがA、Bのような形で2チーム出すことを前提とするという方法もあるが、そのためには最低16人の選手がいなければならない。少子化において1学年16人集められるチームはなかなかないだろう。


とはいえ日本サッカー協会も今後の日本サッカーを強くするためにいろいろな工夫をしていることはわかる。しかしそれが本当に結果につながるのは10年後、20年後ぐらいだろう。そこまではいろいろな弊害が出てくると思うが、一つ一つ解決していってほしい。


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第五水準のリーダーシップ

最近『ビジョナリー・カンパニー2』を読んだ。この本はビジネス本としてはすごく有名な本で、優秀な経営者は必須の本と言われている。内容は、アメリカで常に偉大な企業として認知されている企業を調査してその共通点を見つけるというものである。


その中に「第五水準のリーダーシップ」という項目がある。おそらく多くの人は偉大な企業の社長とかだと強烈なリーダーシップを持っていて、カリスマ経営者などと呼ばれているに違いないと思っていると思う。しかし実態は違う。


「これらの指導者についての記事や周囲の人たちの話には、物静か、控えめ、謙虚、無口、内気、丁寧、穏やか、目立たない、飾らない、マスコミにどう書かれても信じないなどの言葉が頻繁に出てくる」(p43)


「第五水準の指導者は自尊心の対象を自分自身にではなく、偉大な企業を作るという大きな目標に向けている。我や欲がないのではない。それどころか、信じがたいほど大きな野心を持っているのだが、その野心はなによりも組織に向けられていて、自分自身には向けられていない」(p32)


私はこれはおそらくサッカーでも同じだと思う。もちろん強烈なカリスマ性を持った監督(モウリーニョなど)もいるが、そうでない監督もたくさんいる。最近天皇杯で鹿島アントラーズが優勝したが、監督のアレックス・オリべイラはチーム内で「プロフェッサ」と呼ばれている。またアーセナルのアーセン・ベンゲルも同様である。


おそらくコーチをやっていると「自分にはなかなかリーダーシップがないな・・・」と思う瞬間もあると思う。しかし実際はそこまで強烈なリーダシップは必要ない。必要なのは試合に勝ちたいという気持ち、そして試合に勝つためにあらゆる努力をするというメンタルの強さである。


そして子供たちはそのような指導者を求めている。サッカーにおいてはあくまでも子供たちが主役であり、監督やコーチは目立たなくてもよい。そう考えれば指導する際に気持ち的にも余裕が出てくるのではないだろうか。

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どうやったらコーチの話をしっかり聞いてくれるのか?

あなたのチームの子供たちはコーチの話をしっかりと聞いてくれるだろうか?


多くのコーチはこの問題に悩まされている。子供がコーチの話を聞いてくれない。もしくは聞いているようで聞いていない。トレーニングメニューをしっかり伝えたつもりなのに、全く違うトレーニングを行ってしまうこともある。


そのたびにコーチは子供たちに怒ることになる。


「なんでコーチの話をしっかり聞いていないのか?」
「コーチの話を聞かないと上手くならないよ」
「話を聞いていないなら帰れ!」


しかしそれが子供たちが話を聞かない原因になっていることを多くのコーチは知らない。実は子供たちを頻繁に怒ることが子供たちが話を聞かない原因になっている。『サッカーで子供がみるみる変わる7つの目標』には以下のように書かれている。


「叱ってばかりいる両親のもとで育った子供は、人の話をよく聞かないことで自分の脳を守っています。親は良い子に育てようとして叱っているつもりが、実は子供をダメにするように育てているという落とし穴にはまっているのです」(p55)


これはどういうことだろうか。実は人間と言う生き物は自分に都合の悪い情報は聞き流そうとする。つまり他人に怒られているときには話を聞いているようで聞いていない。これは無意識のうちに脳が情報を聞き流しているからである。


さらに怖いのは、怒られてばかりいるとその人に言われたことは全て聞き流そうとすることである。子供たちは怒られているときだけではなく普段の情報も常に聞き流そうとしてしまう。よって普段怒ってばかりいるコーチの話は全て聞き流すことになる。例えそれがトレーニングメニューであったとしてもである。これが子供たちが話を聞かない原因である。


ではどのようにしたらコーチの話を聞いてくれるようになるのだろうか?それは簡単である。子供たちを褒めればよい。人間は単純で自分に都合のよい情報は脳が聞きとろうとする。そして自分に都合の良い情報をいつも言ってくれる人の話はしっかりと聞こうとする。つまり褒めれば褒めるほどその人の話を聞いてくれる子供たちに育つということである。


また普段褒めてくれるコーチがたまに怒ったりすると、それは本当に重要なことなのだと子供たちも理解する。子供たちも「普段褒めてくれるコーチが怒るということは、相当悪いことをしたのだろう」と判断するのである。それぐらいの理解能力は子供たちにはある。よってコーチは本当に重要な場面でこそ怒るべきである。


このことをわかっているコーチはあまり多くない。子供たちに話を聞いてほしかったらまずは子供たちを褒めることである。これだけでもだいぶ子供たちの行動が変わってくるだろう。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

選手と個人面談をしよう!

あなたは普段どのように子供たちと接しているだろうか?


若いコーチであれば子供たちのお兄さん役として一緒に遊ぶことも出来る。しかしコーチの年齢が高くなればなるほど、子供たちと無邪気に遊んだりすることは少なくなる。もちろん子供たちと一緒に遊ぶ必要はない。しかし子供たちとのコミュニケーションの量が少なくなることは避けなければならない。


例えばあなたは子供たちのポジションをどのように決めているだろうか?コーチが勝手に決めているだろうか?それとも子供たちに自由に決めさせているだろうか?また現在教えている子供たち一人一人が、どのポジションをやりたいか知っているだろうか?


子供たちにとって自分がどのポジションを行うのかはとても大事である。なぜなら自分の好きな選手と同じポジションをやりたいと思うのが普通だからである。自分はメッシが好きなのにセンターバックで使われていたら、モチベーションが下がってしまうのは避けられないだろう。


ではこのような問題を解決するためにはどうしたらよいだろうか?私は定期的に子供たちと個人面談を行うことをお勧めする。私は現在2カ月に1回ぐらい子供たち一人一人と面談をする。その中でいろいろなことを聞くのである。例えば以下のようなことを聞いたりする。


・好きな選手
・やりたいポジション
・今後の目標
・得意なプレー
・苦手なプレー


個人面談をやった日の練習はみんななぜかみんな元気になる。また子供たちが普段言えないようなことを言ってくれるとそれはそれで嬉しい。個人面談をすると子供たちにもしっかりとした意見があって、それを普段は抑制しているということが良くわかる。


ただ個人面談をやるときに注意してほしいのは、説教にならないようにすることである。あくまでも子供たち一人一人の意見を聞くことが大事である。それに対するコメントは少しで良い。子供たちが話す量とコーチが話す量は8:2ぐらいでよいだろう。

テーマ : サッカー
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全員の子供を試合に出すべきなのか?

例えばあなたが教えているチームのメンバーが全員で15人だとする。サッカーは11人スポーツなので必然的に4人がベンチに座ることになる。しかもその子達はレギュラーの子達に比べてだいぶレベルが劣る。交代をするとむしろチームレベルが下がってしまう。さああなただったらどのような選手交代をするだろうか?


日本サッカー協会では、必ず全員の子供たちが試合に出られるようにすることを推奨している。しかしサッカーのコーチをしていれば理解できると思うが、なかなか交代しづらいタイミングもある。1点差の試合や、優勝がかかっている試合などはどうしても交代を渋ってしまうこともあると思う。


しかし私はそれでも一人最低10分間ぐらいは試合に出すようにすべきだと思っている。なぜならせっかく試合をしに来たにも関わらず1試合も出ないで帰るのでは、その子たちのモチベーションに相当影響するからである。多少でも試合に出ることができればその子達も試合に来た意味があるだろう。


またレギュラー以外の子供たちが試合に出ることができないと、レギュラーのことサブのこのレベルが広がってしまう。そうなると練習の効率も悪くなる。そしていつの間にかレギュラーで出ている子達も、試合に出ることが当たり前になってしまう。プレーが悪ければ交代させられるというプレッシャーが多少あった方がよい。


私は全員を試合に出したほうが長期的に見ればチームが強くなると考えている。しかしこれにはいろいろな意見があるだろう。あなたのチームではどのようにしているのだろうか?

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

コーチングはプレゼンテーション!?

さてワールドカップももう決勝戦を残すばかりである。オランダとスペインという屈指の好カードとなった決勝戦だが、両チームとも昔は攻撃力のみのチームだった。しかし現在は攻撃的にもかかわらずしっかりとしたリスクヘッジをして、守備の能力も相当上がっている。よって両チームとも昔のように「美しいサッカーをするけど、守備がもろくて負けてしまう」というチームではない。これは現代サッカーへの移行を上手く果たした例だろう。


と話は変わるが、最近私は仕事でプレゼンテーションをする場面が多い。営業ということもあるが、製品についてのプレゼンや、どのような戦略で売り込んでいくかなどのプレゼンをすることが多々ある。しかし私はプレゼンテーションが大の得意である。なぜなら毎週末にプレゼンテーションと同じようなことをしているからである。


それがコーチングである。サッカー、特に小学生のサッカーのコーチングはプレゼンテーション能力が相当鍛えられる。特にミーティングや、トレーニング中にフリーズして教えるときなど、プレゼンテーション能力を鍛える場がものすごくある。しかも相手は子供である。わかりやすく、面白くなければ子供は話を聞いてくれない。興味のない話だと実際にどこかそっぽを向いてしまう子も出てくる。


よって私が子供たちにどのようにコーチングしたらよいかを考えているうちに、それがプレゼンテーションの時にも応用できることに気がついた。逆にプレゼンテーションをしているときに気がついたことをコーチングで応用していることもある。


例えばコーチング、プレゼンテーションの時に用いるべきテクニックは以下のようなものがある。


1.問いかけをする
2.具体例をあげる
3.「間」を意識する
4.ユーモアを入れる


まず大事なのはできるだけコーチングの最中に問いかけを入れることである。これは実際に子供たちに手を挙げさせて答えを言わせてもいい。もしくは実際に答えさせないにしても、しゃべり方を「~だと思いますか?」のように問いかけ形式にすると良い。そうすれば聞いているほうは自分で考えるようになる。


また具体例をあげることはものすごく重要である。特に難しい話をする場合、子供たちの集中力は絶対に切れる。そこで子供たちの身近にある話題で上手く例えることができれば、子供たちの目が変わる。これはプレゼンテーションの時でも同じで、タイムリーな話題で具体例をあげれば聞いている人の目が変わる。


またしゃべる時の「間」も重要である。子供たちに話していると、だんだん早口になっていくことが多いが、それでは子供たちは理解できない。重要なキーワードの前に「間」を入れることで、子供たちがこちらに注目してくれる。また子供たちがガヤガヤしてうるさい時にも、前に立って「間」を作るだけで、「何でコーチはしゃべらないんだろう?」という風にこちらに注目してくれる。これはプレゼンテーションを始める前にも応用できる。


最後にユーモアである。これは笑いのセンスも問われるが、あった方が絶対に良い。特に子供たちは笑いが好きであり、真面目な話が嫌いである。これは実際大人も同じで、建前上真面目な話もしっかりと聞いてくれるが、心には響いていない。退屈な話だと思われている場合もある。よって多少のユーモアを入れることで、聴衆とのラポールを築くことになるの。


以上のようにコーチングとプレゼンテーションは密接にリンクしている。おそらくプレゼンテーションの場合もコーチングと同じで、相手が小学生だと思ってプレゼンしたほうがよいだろう。そうすれば難しい言葉を使わないし、どうやって興味を引けばよいか考えるからである。コーチをやっている人はぜひビジネスに生かしてほしい。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

子供の褒め方

あなたは子供を褒めるときに何か工夫をしているだろうか?


もしかしたら子供を褒めることはほとんどないという人もいるかもしれない。また子供を褒めるときはその時の自分の気分によるという人もいるかもしれない。


子供を褒めるということは意外と難しいことである。なぜなら人間は他人の欠点、ミスなどによく気が付いてしまうからである。よって無意識のうちに子供たちを注意したり、叱ったりすることが多くなってしまう。これは私自身もコーチをやり始めた時に感じたことである。私は普段ほとんど怒らないが、コーチをやり始めたころは怒る回数が多かった。


しかしそれでは子供たちのモチベーションが下がってしまう。子供たちは他人から褒められること、承認されることを望んでいる。特にサッカーのコーチから褒められることは、親や先生から褒められることとは違った喜びがある。


ではどのように子供たちを褒めたらよいのだろうか?『ドラゴン桜9巻』には次のように書かれている。


ホメ方テクニック十カ条

1.具体的に褒める
2.抽象的に褒める
3.すぐ褒める
4.「これは」と思うことを、いつまでもしみじみと褒める
5.理由をつけて褒める
6.理由なしで褒める
7.褒め言葉のバリエーションを増やす
8.感謝の言葉も褒め言葉である
9.第三者も褒めていたと伝える
10.その子の思い入れの大きいことを褒める


私が褒めるときに工夫していることは、「みんなの前で褒める」ということである。ミーティングの時に一人の子の名前を挙げて、その子を具体的に褒める。そうするとその子は少し照れくさそうにするが、その後の練習のモチベーションはものすごく上がる。


また試合が終わった後には、一人ひとりフィードバックを行っている。このときには試合で出来たこと、出来なかったことを具体的に言うようにしている。なかなか全体のミーティングでは集中してくれない子も、このようにすれば話を聞いてくれる。


あとはサッカーのことだけではなく、日常生活のことでも褒めることも大切である。サッカーのことだけで褒めていると、子供たちに「このコーチはサッカーの時だけ意図的に褒めているな」ということがバレてしまう。それがバレないようにするためには、普段から子供たちを褒めておくことが大切である。


褒めるという行為は子供たちを成長させるために不可欠である。算数の成績も、1.叱る、2.褒める、3.何もしない、の中では2.褒めるという行為が一番成績が上がりやすい。また子供たちを褒めることで、子供たちに自分の話を聞いてもらいやすくなる。なぜなら人間は好きな人の話はよく聞くからである。ぜひ上手い褒め方を身につけてほしい。そうすれば自然と子供たちから信頼されるはずである。


有言実行

モウリーニョ率いるインテルがチャンピオンズリーグで決勝に進んだ。準決勝ではあのバルセロナを倒したのだから、実力は本物だろう。


これでまたモウリーニョの株が上がったことになる。ポルトでUEFAカップ、チャンピオンズリーグ優勝、チェルシーでプレミアリーグ優勝、インテルでセリエA優勝など、ほぼすべてのクラブチームでタイトルを取っている。おそらく今後はスペインリーグでタイトルを取り、ワールドカップでタイトルを取ることを狙っているだろう。


しかしモウリーニョの凄いところは有言実行であるところである。モウリーニョは必ず言ったことを実行している。チェルシーに移籍したときには自らを「スペシャルワン」と言って、プレミアリーグ優勝を宣言した。そしてインテルに移籍したときには「私はスペシャルワンではない。スペシャルなのはこのクラブのほうだ」とジョークを言って優勝を宣言した。そしてそれらを有言実行した。


おそらくだが、これはモウリーニョの戦略である。モウリーニョは自ら目標を公言することによって、勝たざるを得ない状況を作り出している。目標を公言することで、それを聞いた選手たちは頑張らざるを得なくなる。またモウリーニョ自身も頑張ざるをえなくなる。つまり目標を公言することによって、選手と自分にプレッシャーをかけているのである。


これは心理学でいう「予言の自己実現性」である。実は自分が達成したい目標というものは、最初に公言してしまったほうが良い。多くの人が自分の目標を公言せずに、目標が達成されてから発表しようとするが、それでは自分にプレッシャーをかけることができない。目標は予言してこそ実現されるのである。


おそらく日本代表の岡田監督もこれを知っていたため、ベスト4という高い目標を公言したのだろう。そのせいで多くのマスコミにたたかれているが、それは自分自身、そして選手に緊張感を与えるためでもある。これが上手くいくのかいかないかはワールドカップ後にしか分からない。


しかしこの「予言の自己実現性」を必ず実現しているモウリーニョは、おそらく本当にすごいのである。

ポストモダン社会の教育

現在の子供はポストモダンな社会に生きている。ポストモダンとはモダン(近代)の次に来る社会のことである。モダン(近代)の特徴は「大きな物語」というものが存在していたことである。「大きな物語」とは多くの人が当然だと思っている人生物語のことである。


例えばモダン(近代)社会では「たくさん勉強して、良い学校に入って、大企業に入って、お金持ちになれば幸せになれる」というような物語が存在していた。またサッカーでも「基礎練習をしていればサッカーがうまくなる」「走りこみをしていれば体力がつく」というような物語が存在していた。


しかし現在のようなポストモダンな社会には、そのような「大きな物語」は存在しない。たくさん勉強すれば幸せになれるとは誰も思っていないし、たくさん基礎練習をすればサッカーが必ずうまくなると思っている人もいない。サッカーの場合は基礎練習だけではなく、戦術やコンディショニングも大切だということが一般的になってきたからである。


ではこのようなポストモダンな社会では、どのように子供たちを教育していけばよいのだろうか?これはなかなか難しい問題である。先生が「たくさん勉強しなさい」といっても子供たちはいうことを聞かない。またコーチが「たくさん基礎練習をすればサッカーがうまくなる」といってもなかなか信じてはくれない。教育者にとってはとても難しい時代に入ったのである。


私はポストモダンな社会での教育は「楽しませる」ということが不可欠だと思う。つまり「~を頑張ればきっと得をする」という風に説得するのではなく、「~は楽しいよ」という風に説得したほうが良いということである。このほうが子供たちのやる気が出るし、実際うまくなる可能性が高い。だからサッカーの場合でも練習メニューは楽しいものではなければならない。


今までの教え方では「つまらないけど基礎練習をやればサッカーがうまくなる」「つらいけどたくさん走れば体力がつく」というような説得のしかただった。しかしこの説得のしかたではポストモダンの社会に生きている子供たちを納得させることはできない。なぜならそのような「大きな物語」はすでに消滅しているからである。


だから私はゲーム形式の練習を多くしている。ゲームならば子供たちは楽しんで練習してくれる。そして知らず知らずのうちにサッカーがうまくなっている。また体力もついている。ゲームだと走らざるを得ないので、体力は必然的についてくる。しかも子供たちが楽しみながら体力がつくのである。


このようにポストモダンな社会に生きる子供たちを成長させるためには「楽しませる」ということが不可欠だと私は考えている。あなたのチームでは子供たちを楽しませることができているだろうか?もう一度練習メニューを確認してみて欲しい。


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Kengo Yoshida

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プロフィール

吉田憲吾

Author:吉田憲吾
2006年より坂本SCで小学生にサッカーを教えている。日本サッカー協会公認指導者ライセンスC級(サッカー、フットサル)取得。2010年より日本ヒューレット・パッカード(HP)株式会社でStorage Salesを担当。TOEIC850点。

主なブログ:
営業マンの、営業マンによる、営業マンのためのブログ
kengoyoshidaのバインダー
kengo yoshida - Japan | LinkedIn

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