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なぜを伝える


なぜを伝える。現代の子供たちを指導するためには「なぜこのトレーニングをしなければならないのか?」「なぜ声を出さなくてはならないのか?」「走り込みをするとどんなメリットがあるのか?」などということをしっかりと伝えなければならない。

一昔前であれば「これをやっておけ!」「あれをやっておけ!」で子供たちは素直に従ってくれていた。というのも社内の中に「努力をして辛いことを我慢すれば何か良いことが将来待っている」というような、ある種のイデオロギーが存在したからである。しかし現代はそのようなイデオロギー(現代思想用語では「大きな物語」とも言う)が崩壊してしまっている。これは「努力しても成功するとは限らないし、辛いことを我慢しても必ずしもあとで楽しいことがあるとは限らない」ということを子供自身もなんとなく感じているからかもしれない(これは普段から大人の姿を見ているからだろう)。

もちろん実際のところは、努力すればある程度の成果は出るし、辛いことを我慢して取り組んだ時の達成感というものも存在する。ただ昔と違うのはメリットを明確に子供たちに伝えておかなければ、子供たちは動かない時代になっていることである。大人の命令だから子供たちは素直に従うだろうという考え方正直通用しなくなっている。

下記は企業内の話だが、これは小学生年代を指導していても感じられることである。

「「いやならいつでも辞めてやる」と思っている若者にとって、説明の付与されない、上司という立場をかさにきただけの指示はまったく従うに値しないわけです。一昔前であれば「理由なんか考えずまずやってみろ!」で通っていたところを、今は「なぜそれをする必要があるのか」「それをするとどんな利益がもたらされるのか」を明確に伝える必要があります。上司にとってはやって当たり前のことも、もう一度その理由をきちんと言語かする必要があるのです」(『コーチングが人を活かす』p119)

このような社会になっていることを嘆くのは簡単である。また、そのような子供たちを批判するのも簡単である。しかし時代によって子供たちが変わっていくのは当然のことであり、子供たちに責任はない(むしろそのような社会を作ったのは今の大人である)。そんな中、指導者や大人はその時代の子供たちにとってのBestな指導ができなければならない。

トレーニングを行う前はそのトレーニングのメリットをしっかりと伝えておこう。トレーニングのポイントは途中でゲームフリーズして伝えれば良いと思うが、メリットを初めに伝えておくときとおかないときとでは子供たちの取り組み方が全く違う。トレーニングの質をあげるために必要なのは「命令」ではなく「説明」である。

例えば「パス&ゴー」のトレーニングをする場合、メリットは「このトレーニングをすると将来バルセロナのような華麗なパス回しができるようになる」「ボール保持率が高くなって試合中疲れなくなる」などといったことが挙げられる。このメリットをトレーニングを始める前に一言伝えておくだけでも子供たちの取り組みは違ってくる。可能であれば、子供たちが試合中にうまくいっている姿をイメージできるような言葉をかけてあげるのが良いだろう。逆に「パスを正確に」「パスを出すときに名前を呼ぶ」「ワンタッチでパスを出しやすいところにコントロールする」などといったポイントは、トレーニング最中にフリーズして伝えればよい。特に集中力が切れそうなってきた時にポイントを伝えるのは有効である。

注意すべきなのはトレーニングの前の説明が長すぎると子供たちは飽きてしまうということである。いかにメリットを簡潔にテンポよく伝えられるかということも指導者には求められる。そのためには事前の準備が大切であり、トレーニングの前にはメリット、ポイントなどをノートなどにまとめておく必要があるだろう。

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テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

『サッカークリニック2013年4月号』‐「記録」を育成に活かそう!

『サッカークリニック2013年4月号』を読んだ。今回のテーマは「記録」を育成に活かそう!である。おそらくサッカーの指導者をしている人の中にはサッカーノートを書いている人が多いだろう。驚くべきことに、現在は紙のノートだけではなく、iPadなどのタブレットを用いている人もいる。形式は変われど、指導の内容を記録に残しておくことは大事なことである。以下内容を引用する。


・トレーニングを効果的に行うための3つの要素
1.選手が実践に近い意識を持ってトレーニングに臨むこと
2.選手間の競争意識
3.時間の管理

・同じ大きさのグリッド、同じ設定で練習していると選手はその練習に慣れてしまう。「慣れ」に比例してその練習の効果は低くなる。それを避けるためには、グリッドのサイズ、人数、ゴール数、タッチ数などに変化を加え、選手が考えるように導くことが必要なのだ。

・ルーティーンの練習は気が緩んだり、「ただやる」という感じになってもおかしくありません。それを避けるためにもノートを活用し、選手の変化を見逃さないようにしています。同じメニューを繰り返しつつ、しかもマンネリにならないことが大事だと思います。

・基本は子供とのコミュニケーションのツールとしての活用なので、子供たちにはサッカーのことだけではなく、普段の自分の生活から学校でのこと、楽しかったこと、困ったことなど、特に4年生までは、自分の思ったことを何でも書いていいと言っています。

・試合に出ていなければ、MTMについてサッカーノートを書く事ができません。そこで、すべての選手を試合に出場させるようにしています。

・私は試合結果でトレーニング内容は変えない。シーズンを通じてチームが行うべき練習は私の頭の中にある。試合で結果が出ないこともある。しかしそれが、計画を変える理由にはならない。また、ミスにフォーますした練習を加えたりしない。行うと決めていた練習を維持し、チーム状態によって練習の比重を調整するだけだ。キャリアの初めからこの方針は変わっていない。

・少年サッカーの指導では、指導者は子供に好かれなければ駄目。でも子供に好かれるのは、難しい面もあります。ただ優しいというだけでは子供には好かれません。人間的な尊敬、子供に対する愛情などいろいろな要素が必要で、指導者はトータルの印象で見られます。そこには厳しさも必要なのです。

・行動を習慣化すると、うまくいったとき、うまくかなかったときの原因が探りやすくなるのです。物事が偶然に起きたのではなく、「そうなった理由」があることを理解し、気づきを得るためにも、行動を習慣化しています。

・4クオーター制では3クオーターまでは選手が負傷をしない限り、途中交代できない決まりになっています。ただし、それだけでは20分ハーフのゲームとはそれほど際は生まれないでしょう。4クオーター制の特徴は、・最終クオーターで初めて自由に選手交代ができる・第3クオーターまでにすべての選手を出場させなければいけないというルールにあります。

・イングランドのリバプール大学大学院に「MBA football Industrys」というサッカービジネスに特化したコースがあります。

・分析した情報を伝えて活用する3つのポイント
1.自分たちの言葉=指導者と選手がイメージを共有できる言葉で伝える
2.伝えるべき優先順位=確実に伝えたいことを取捨選択し、3項目以内にする
3.情報の具体化=全員が「どうすればいいか」わかるように表現する


4クオーター性については小学生サッカーには検討の余地があるだろう。現在小学生のサッカーは11人性から8人制になりつつあるが、その分出場できる子供たちの人数が減ってしまうという状況に陥っている。もともと8人制は一人一人のボールタッチ数を多くするということが目的だが、出場できる選手にとってはたしかにそうだが、出場できない子にとっては全く意味がない。むしろ8人制にとって出られなくなってしまった子にとっては弊害となっている。

この状態を脱却するためにはルールとしてこの4クオーター制のようなものを作るしかない。このようなルールがないと指導者は勝ちを目指し、特定の子供達しか試合に出さなくなる。指導者含め誰もが試合に勝ちたいと思うのは当たり前なので、指導者の立場からすればこの状態はある程度仕方がないだろう。しかしもし必ず全員を出さなければならないというルールがあれば、その中で勝ちを目指すことを指導者が目指すようになる。

もちろんこのようなルールを作ると、特定の子供達しか試合に連れてこないチームが出てくるなど、別の問題も発生するかもしれない。しかし現在のままだとわざわざ試合に来たのにもかかわらず、全く試合に出ずに帰る子供たちがたくさん出てしまう。そんな状態では出られない子供たちのモチベーションが下がってしまうのは当たり前である。

試合に出られない子供たちは中学生に上がった時にサッカーをやめてしまう可能性が高い。これは日本サッカーにとっても大きなマイナスだろう。小学生年代においては4クオーター制のようなルールを作ることをぜひ検討してもらいたい。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

審判に文句を言うチーム、言わないチーム


チャンピオンズリーグのマンチェスターUとレアル・マドリードの第2戦ハイライトを見た。結果はご存じのとおりレアルマドリードが2-1で勝利し、2戦合計で3-2で次のステージに勝ちあがっている。しかしこの結果については多くの人が疑問を抱いていることだろう。というのも第2戦のナニの退場について様々な議論がされているからである

http://www.youtube.com/watch?v=RHBjD0rwUk4

動画を見てみればわかるが、確かにレッドカードというのは判定が厳しい。ナニからしたらボールに足を出そうとしただけでおそらく故意ではない。せめてイエローカードではないのかというのが私個人の意見でもある。この時点でマンチェスターUは1-0でリードしていたため、ナニの退場の後に2点入れられ逆転負けとなった。よって判定が試合を左右したと言われたとしても仕方がないかもしれない。

しかしサッカーというものにはミスがつきものである。これは選手や指導者だけではなく、審判も同様である。またプロ、アマチュア、大人、子供であっても関係ない。ミスのレベルには差があるかもしれないが、誰でもミスをする可能性があるという事実は変わらない。

重要なのはこのミスに対してどのように対処をするかということである。マンチェスターUはナニが退場したことによって試合に負けてしまったと思っているだろう。しかし、もし審判の判定に文句を言わずそのまま試合に集中をしていれば、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。もちろんこれは結果論にすぎないが、審判の判定に怒り狂って集中力を切らしてしまうチームは意外と多い。

実はこれは小学生年代のサッカーにも通じる話である。小学生年代のサッカーはご存じのとおり審判を他チームの指導者が行うことが多い。よって審判のレベルは正直まちまちである。ミスジャッジと思われるようなジャッジも多々ある。

ミスジャッジに対する指導者の対処はチーム、指導者によってさまざまである。怒り狂って審判に文句を言う人もいれば、直接言うのではなく大会本部に対して文句を言う人もいる。逆にジャッジはジャッジと受け止め、特に文句を言わず淡々と試合を続ける人もいる。ちなみに私の場合はできるだけ言葉に表さないようにしているが、態度に出てしまうことが多いが・・・

私含め指導者が常に頭に入れておかなければならないのは、その姿を子供たちは必ず見ているということである。審判に文句を言う指導者がいるチームは、試合中に子供たちが審判に文句を言う傾向が強い。これは指導者のことを子供たちは真似するからである。指導者が審判に文句を言っているのに、子供たちに対して「審判に文句を言うな!」いっても説得力はない。

私自身、審判に文句を言う姿をできるだけ子供たちには見せたくないと考えている。もちろん勝負にこだわる姿を見せることは重要だが、ジャッジはジャッジと受け止め次に切り替える姿を見せることは子供たちにとっても勉強になる。サッカーだけではなく人生においては理不尽に思えることがたくさんある。重要なことは起こってしまったことに対して文句を言うことではなく、次に何をするかである。

もちろん後から「あのジャッジはもしかしたらミスジャッジだったかもしれないね」と子供たちに教えることは必要だろう。ルールをしっかり覚えてもらうことも指導者の重要な役割だからである。しかし「審判も人間だからミスをする」ということをその後に付け加えるのを忘れてはならない。子供たちがミスをするのと同様に、大人もミスをする。そのミスはあらかじめ想定しておかなければならない。

審判をやっていて思うのは、本当に強いチームというのは審判に文句を言う数が少ない。というのももしミスジャッジがあったとしても、自分たちは勝てるという絶対的な自信、余裕があるからである。だからこそすぐにプレーを切り替え次の準備をする。私は審判に文句を言うチームを作るよりも、このようなチームを目指したいと考えている。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

褒めて育てるべきか、叱って育てるべきか

「「褒めて育てるべきか、叱って育てるべきか」とよく聞かれるのですが、私はそういうことはあまり意識していません。いい判断をし、いいことをやれば、「それは非常にいいんじゃありませんか」と褒めるし、ダメなら、「それはちょっとおかしいんじゃないか」と注意をします」(『プレジデント』2013.3.18号)

これは現JALを再生した稲盛和夫氏の言葉である。稲盛氏といえば京セラの創業者で、アメーバ経営で知られるビジネス界ではカリスマ的な経営者である。その稲森氏がリーダを育てるためにはどうしたら良いのかという質問に対する回答が上記である。

現在子供の育成方法、部下の育成方法については様々な情報が飛び交っている。褒めて伸ばしたほうが良い、叱って伸ばしたほうが良い、あえて挑発したほうが良い、まずは自信を持たせるのが先決だ・・・など指導する立場としてもどれを信じて良いのかわからない。そんな中でこの稲盛氏の言葉は真理を付いているのではないか。

例えば子供が何か悪さをした時を考えてみよう。育成に関する書籍には、まずは子供の意見を聞き、頭ごなしに怒るのはよくないなどと書かれている場合がある。また、叱る前に子供の良いところを見つけ、そこを褒めてから叱るようにすると良いなど書かれていることもある。できるだけ子供を萎縮させないようにするのが狙いだと思うが、叱る方もいろいろ気を使う必要があるらしい。

しかし稲森氏が主張しているのは、悪いことをしたら叱る、良いことをしたら褒める、それで良いではないかということである。悪いことをしたのにあえて別の場所を褒める必要はないし、良いことをしたのにあえて叱る必要もない。ただただある事実に対して指導者として正直に接する方が子供にとっても良いということである。

確かにそうである。子供の立場からしてみたら、何が良いことで何が悪いことなのかを学ぶことが先決である。その中で、悪いことをしたのに褒められたり、良いことをしたのに叱られたりしては意味がわからなくなる。あえて叱る、あえて褒めるということをされるのは逆に子供からしたら迷惑だろう。

その代わりに稲森氏は褒めるときは表情を崩して褒めるし、叱るときは真っ赤な顔で厳しく叱る。「あえて~」ということをしなからこそ、心の中から褒めたり叱ったりすることができる。

「上に立つ者は部下たちの幸せを常に心に留めて叱らなければいけない。部下の成長を願い、愛情を持って指導する。「愛情を持って」と表現しましたが、これは単に子供を溺愛するような愛情を指しているのではありません。やさしさと厳しさ、この両面が必要なのです」(同書)

指導者は子供がどうやったら幸せになるのか、どうやったらサッカーを楽しんでくれるのかということを第一優先に考える必要がある。そのためには褒める、叱るということの両方が必要であり、それを指導者としてどのポイントで使うのかということが重要になる。「あえて~」ということをせずに、ただただ正直に部下に対して接するという稲盛氏の指導方法は、サッカーの指導者にも参考になるのではないだろうか。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

Kengo Yoshida

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プロフィール

吉田憲吾

Author:吉田憲吾
2006年より坂本SCで小学生にサッカーを教えている。日本サッカー協会公認指導者ライセンスC級(サッカー、フットサル)取得。2010年より日本ヒューレット・パッカード(HP)株式会社でStorage Salesを担当。TOEIC850点。

主なブログ:
営業マンの、営業マンによる、営業マンのためのブログ
kengoyoshidaのバインダー
kengo yoshida - Japan | LinkedIn

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